|
2009年3月
「モチーフ探しの人生」
まだ冷たい木枯らしの吹く浅草の裏通りを、私は今日もひとりさまよい歩いています。
何を隠そう「さて浅草の街のどこを描こうか?」という野外スケッチのモチーフ探しであります。
仕事の注文でどこそこを描けと言われたのと違い、「どこでも好きなところを描けばいい」という場合は、ホントに悩ましいものですね。自由を与えられた「楽しさ」と、究極の選択をせまられた「胸苦しさ」とが同時にこの私を揺さぶるからです。
何より欲しかった自由を手にしたとたんに「その上でお前はいったい何をやりたいのか?」の問いを突きつけられたというわけです。
白い息を吐きながら、人混みの中を歩きつづける内に「このあたりを描くしかない(*「描くしかない」に傍点)かな」とか「今イチだけど描き出せば好きになるかも……」などの弱い?こころが胸をよぎりはじめます。おおっと危ない危ない。
野外スケッチのモチーフ探しは、お見合いの相手探しと似ていると言われます。
しかしよく考えると「お前はいったい何をやりたいのか?」という人生の根本的な問いを突きつけられるのですから、モチーフ探しとは、生きることそのものとこそよく似ているのかもしれません。
私の今日の浅草でのモチーフ探しは、それでもけっこう楽しいのです。でも胸苦しくもあり又、えらく寒くもあります。
|