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2009年7月 

東洋の「線」と西洋の「面」

 「モノの形を描く」ということを絵の基本だとすれば、その方法はたったの2つしか無い。1つは「線」で描く方法、もう1つは光と影を意識しつつ「面」で描く方法です。
 線で描く方法は、原始の時代から人間がとってきたものですが、おもに中国、日本など東洋で磨かれ進化してきました。
 一方の面で描く方法は、500年位前西洋ルネッサンス期に生まれ、いわゆるデッサン法として磨かれていきました。これに遠近法がとり入れられたため、写真のような本物そっくりに描くこと、また色彩豊かに描くことができるようになりました。
 今から100年ちょっと前の明治時代、「線」を中心に絵を描いてきた日本の絵描きの前に、かつて見たことのない、影をつけたリアルでカラフルな「面」で描く方法が、まるで黒船の襲来のように現われたのです。
 多くの絵描きは、新鮮で魅力的な面で描く方法に惹かれ、「フランスかぶれ」となってパリへ西洋画を学びに出かけました。
 その中で、東洋の伝統である「線」をあくまで中心にしつつ、西洋の「面」描きを積極的にとり入れようとした、一人の天才が現われました。狩野芳崖(かのほうがい」さんです。

<今月の絵>
 室町時代以来400年にわたって日本絵画の中心を占めた狩野派の最後の一人が芳崖です。彼は思い切って狩野派を脱皮し、「線」描を軸にしながら、西洋画材を使って鮮やかな色を塗り、人体にも背景にも深みのある影をつけるという、西洋の「面」描法をとり入れています。
 これは明治19年、芳崖59歳のときの作品「仁王捉鬼」(部分)です。
「仁王捉鬼(におうそくき)」 狩野芳崖
「大鷲」(3245×2047mmの部分)
 芳崖の気迫あふれる「線」には凄みさえ感じられる。線を軸に据えながら、しっかりと影をつけて「面」描をとり入れています。
「悲母観音」(1958×861mmの部分)
 江戸以前の日本絵画の人物画や仏画とは全く違った、明るくてリアリティのある観音像です。ボッティッチェルリの女性像と比べても、一歩もひけをとらないような、優雅で緊張感のある「線」が、狩野芳崖の代表作となったこの作品を支えているように思います。
「線」を学んでいく上でも、もっと注目されてよい作家ではないでしょうか。
※狩野芳崖の画集は、今まとまったものはありません。「日本絵画の楽しみ方・完全ガイド」(池田書店)、「知識ゼロからの日本絵画」(幻冬社)などにわずかながら紹介されています。