今月のひとこと2009年11月
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2009年11月 

「手馴れた線」にハッとする

  ボールペンなどで書く文字も、たくさん手紙など書いて手馴れてくると、いつか形ばかりのつまらないものになりますよね。
 全く同じことはペンでスケッチをする「線」にも起こります。たくさん線描を重ねる内、気付かぬ間に「手馴れた線」を引く自分にハッとさせられます。人間、馴れほどおそろしいものはない。馴れきったら最後、初心の新鮮な気持ちに立戻るのは本当に難しいものです。
 初めはだれでも、集中した観察を行えばヘタなりに勢いのある瑞々しい「線」を引くものです。その気持ちを保ち続けることがどれほど大変なことか。その気持ちを失うことがどれほどたやすくあっけないことか。
 失われた線による失われた自分。そして手馴れた線による手馴れた人生。
 とまあ、そんな思いの自分に喝を入れるつもりで、今月から私がかねがねお手本として仰いでいる「手馴れてない線」をいくつかご紹介しまーす。

<今月の絵>
糸杉のある小麦畑(部分) ヴァン・ゴッホ
 太い線はコンテのような黒チョーク、細い線はペンで描かれています。
ゴッホが36歳南フランスのサン・レミの病院に入院中、近所の風景をスケッチしたもの。
西洋の画家の中で、ゴッホほど線描によるデッサンを重視した人は稀です。デッサンを油絵を描く前の下描きではなく、油絵を支える中心軸と考えていたのです。中国絵画では古来、線こそ絵の中心であるとして、線の使い方を「骨法」としました。ゴッホの「線」は、デッサンと呼ぶより「骨法」と呼ぶほうが相応しいと思います(ゴッホではなくコッポー?)
完成した油絵(730×930mm)。線描は470×620mm。波打つ小麦畑とそびえ立つ糸杉、不穏な空とが一体となったダイナミックな作品です。でも私に線描か油絵かのどちらかをくれる(言うわけないか)といったら、迷わず線描を頂戴します。
これも「糸杉のある小麦畑」と同じころ描かれた線スケッチです。岩の描き方や杉の葉の描き方は激しく、まさに「男線」の見本のようです。ただし強い線と対象的な細かくデリケートな線が、男線をさらにきわ立たせています。ゴッホの知られざる裏ワザか。